高垣楓「好き、嫌い、大好き」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1471366739/

1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 01:58:59.42 ID:k6oCJzTP0 

「プロデューサーさん、」 

「恋の定義って、何だと思います?」 


2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:14:02.62 ID:k6oCJzTP0 
いつもより騒がしい、平日末の居酒屋。 
楓さんが、仕切られた座敷の中でグラスを傾けながら呟いた。 

からん、と氷のぶつかる音がする。 
「好き」。しばらく触れたことのない感情に、胸が詰まる。 

手で掴んでいる自分のグラスが、汗をかいている。 
心の中を、整理しよう。 
そのグラスを持ち上げ、ごくり。 

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:14:45.52 ID:k6oCJzTP0 

疲れている自分の頭をフル回転させて、過去の記憶を手繰り寄せながら口を開いた。 

「うーん、そうですね......。その人の一挙一動が気になったり、その人のことを思うと胸が痛くなったりすること、じゃないですか?」 

「ふーん、そんな感じなんですか......」 

天井に、ぶら下がっている照明。 
それをぼけーっと見つめながら、楓さんは返した。 
失礼な物言いになるが、こういう動作の一つ一つが子供っぽい。 
まあ、それが魅力でもあるのだが。 

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:15:28.38 ID:k6oCJzTP0 

「楓さん、やけに他人事ですね」 

「ええ、今まで誰かを好きになったことが無いですし......」 

「そうですね、アイドルたるもの、それが一番ですね」 
その様な趣旨のことを言おうとしたが、次の言葉に遮られた。 

「あ、でも」 
「私、今はプロデューサーさんが好きですよ」 

腹の奥から、変な感覚。 
ダメだと分かっているが、気持ちが舞い上がってしまう。 

楓さんは、続ける。 
心臓が強く鳴っているのが分かった。 

「この鱚も好きっす。ふふっ......」 

その後の発言に、思わず苦笑い。 
氷は既に溶けて、酒と混ざり合っていた。 

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:16:16.69 ID:k6oCJzTP0 
...................................................... 

「プロデューサーさんの、」 

「好きだった人って、どんな感じでした?」 

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:17:47.49 ID:k6oCJzTP0 

今日は趣向を変えて、小洒落たバーに寄ってみた。 
暖かい色の照明。 
人は少なく、クラシックの音が響いている。 

楓さんを、見つめている。 
口元にワインを運ぶと、甘みが広がっていく。 
喉の奥で飲み込んでから、答えた。 

「初恋は、幼稚園の年長でしたね」 

「1つ年下の子でした。仲が良くて、相思相愛だったような」 

顳かみを指で支えて、テーブルの端に目線を移した。 
見ていなくても、楓さんが笑っているのが分かる。 

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:18:38.90 ID:k6oCJzTP0 

「プロデューサーさんは、年下が好みですか?」 

「いえ、そんなこと無いですよ」 

笑顔でそう返したら、沈黙。 
お互い何も喋らなくなって、時間が経っていく。 

痺れを切らして、顔を上げた。 
楓さんは、テーブルに突っ伏して寝ていた。 

溜息を一つ。 
それが幸せか、辛さか。 
よく、分からない。 

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:19:10.49 ID:k6oCJzTP0 

楓さんの手元に、飲みかけのグラスが一つ。 

(ここまで酔い潰れるのだから、相当強いワインなんだろう) 

そう思って、楓さんを起さないように。 
グラスを手に取った。 

楓さんの唇が当たっていない所を探して、口付けをする。 
喉の奥に流れ込んできたワインは、飲んだことがあるものだった。 

グラス。いや、 
無機物に、なりたい。

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:19:49.62 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 


夜空に、インターホンの音が鳴る。 
酔い潰れた楓さんを背負って、ちひろさんの家の前まで来ていた。 

名前、出身、誕生日、身長体重、3サイズ、利き手、血液型、趣味特技。 
楓さんに限らず、担当するアイドル達についての情報はこれしか知らない。 

自分の家に泊めるのは申し訳無いし、 
当たり前のことだが、楓さんの住所を俺は知らなかった。 

楓さんはちひろさんの家に泊まってもらうことにした。 

インターホンに気付いたのだろうか。 
ドアの奥から、足音がしてくる。 

(この音が近付くのが、少しでも遅くなったらいいな) 

そう考えている自分が、果てしなく嫌いだ。

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:20:25.20 ID:k6oCJzTP0 
...................................................... 

ドアを開けて出てきた彼女は、家で着る物さえ黄緑色だった。 

「プロデューサーさん、そんなに見ないでくださいね」 

「やだなぁ、事務所と大して変わらない格好じゃないですか」 

「まあ、それは置いといて......」 
「今背負っている楓さんは、どうされたんですか?」 

「それが、途中で酔い潰れちゃって......。そこまで飲んでなかったんですけど」 

「次からは、ちゃんと気を付けてくださいね」 

「分かりました。......楓さん、ライブがもうすぐあるので、それのレッスンで疲れていたのかもしれませんね」 

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:21:05.74 ID:k6oCJzTP0 

「それも、プロデューサーさんがしっかり調整してくださいね」 

「アイドルの調整も、プロデューサーさんのお仕事ですから」 

少しして、沈黙。 
この気まずさを、これまで何回味わってきたのだろう。 
あとどれくらい、感じたらいいのだろうか。 

12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:21:39.98 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 

寝ている楓さんを受け取って、ちひろさんが問う。 

「あとどれくらい、続けるんですか?」 

「何を?」とは、聞き返せない。 
ちひろさんが思う「何か」について、思うままに答えた。 

「この気持ちが収まるまで、続けますよ」 

ちひろさんは、哀しそうな顔をして笑う。 
背中を、風が掠めた。 
その風は、止まらない。 

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:22:53.85 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 

「プロデューサーさん、」 

「お願いがあるのですが」 

ライブ前日。 
リハーサルが終わった直後、楓さんが話しかけてきた。 
二人以外、誰も居ない所で。 

「もし、ライブが成功したら」 

「場所を変えてみませんか?」 

無音が支配する部屋の中で、少し困ったような顔を見せた。 
嘘をつくな、俺。 

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:23:42.10 ID:k6oCJzTP0 
...................................................... 

ステージから、恋の風が吹いている。 

ファンは勿論のこと、俺も例外ではない。 
この場所全体が、高垣楓に恋をしている。 

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:24:58.29 ID:k6oCJzTP0 

声に耳を澄まして。 
流れてくる言葉を、全身で受け止めた。 

「君を探している ただ君に会いたい only you」 

「君のそばにいたい ずっと 」 

楓さんは、今まで誰かを好きになったことがあるのだろうか。 
歌詞のような想いを抱いた人が、いるのだろうか。 

そのことを考えると、胸が痛くなる。 

「嫉妬、しちゃうよなぁ......」 

ぼそりと呟いた感情は、風に乗って消えていく。 
絡まり合っていて解読不可能だった感情は、恋の風によって分解された。 

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:25:45.40 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 

「へぇ、ここがプロデューサーさんの......」 

「あんまり見ないでくださいね。男の部屋なんて汚いですし」 

「あら、そうは思いませんけど」 

「そうですか?」 

「ええ、そう思いますよ」 

「なら良いんですけどね......。何から飲みます?」 

「えっと......じゃあ、この瓶から」 

「はい、分かりました。今開けますね。おつまみとかそれなりに有りますけど、食べますか?」 

「ぜひ」

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:26:25.70 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 

「プロデューサーさん、」 

「女の人を、家に入れた時はありますか?」 

答えは、もう既に用意されていた。 


「楓さんが、初めてですよ」 

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:27:17.41 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 

「何か、こういうのって良いと思いませんか?」 

「何をですか?」 

「こうやって、お酒を飲みながら過ごすの」 

「いつもやってるじゃないですか」 

「あ、今の言い方。少し子供っぽいですよ」 

「楓さんに言われたくないですよ」 

目を合わせて、二人で笑った。 
この時間が、いつまでも続いたらいいな。 

そう思う自分は、もう嫌いじゃない。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:30:11.88 ID:k6oCJzTP0 

...................................................... 

日付も変わり、空気が静寂を帯びてきた。 

目の前には、楓さんが突っ伏している。 
この人は腰が重く、中々帰ろうとしなかった。 

溜息を一つ。 
幸せだよ。 
今なら、迷いなく言える。 

でも。 
寝ている楓さんにさえ、そう言う勇気はなかった。 

あと数センチの、勇気が欲しい。 
そんなことを考えて、書置きを残す。 

今一番清潔であろう毛布をかけて、家を出た。 
どこに止まろうか。 

そう考えて、歩く。

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:31:26.76 ID:k6oCJzTP0 
...................................................... 

少し離れると、楓さんが起きた気配がしてきた。 

「離れていても分かるって、益々おかしくなっていくな」 

そんなことを言って、一人で苦笑い。 

「そんなプロデューサーは、少し嫌いです」 

夜風に乗って、楓さんのそんな声が聞こえてきた。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:32:01.71 ID:k6oCJzTP0 
...................................................... 

「プロデューサーさん、」 

「今、恋をしていますか?」 

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:32:46.87 ID:k6oCJzTP0 
いつもと殆ど変わらない居酒屋。 
いろいろあって、何だかんだで飲む時はここに落ち着いた。 

自分の気持ちも、落ち着いていくのかな。 
そう思って、正直に答える。 

「はい、していますよ」 
「大好きな人が、居ます」 
「楓さんは、どうですか?」 

楓さんは、全く関係無さそうなことを話した。 

「私、今日はミートソースを使ったものを食べようと思います」

何となく言いたいことが分かって、頬が緩んでしまう。 
それを確かめてから、楓さんは呟いた。

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:33:21.06 ID:k6oCJzTP0 

「Me too.」 

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/17(水) 02:34:03.37 ID:k6oCJzTP0 
高垣楓さん。 
俺は今、あなたに恋しています。 
あなたのことが、大好きです。